マカは、数千年前「トンシュク」という原住民により見出され、アンデス高地に住む民の貴重な滋養食として伝承されてきました。 栽培の起源は紀元前1600年と考古学的な証明がされており、栽培の中心地はペルーの首都リマからアンデス山脈を越えたフニン県ボンボン高原です。 12世紀に興り、ペルーの高地で高度な文明を築いたインカ帝国は、アンデス高地の民に伝わるマカの滋養に注目し神聖な食物として扱いました。 マカはインカの王へ献上され、体力と精神力の維持のための特権階級の食べ物や、戦士への褒美として特別に食されたと伝えられています。 また、マカの滋養により元気になった兵士たちが女性に暴行を加えないよう、インカの軍隊が地方の町を併合する時兵士たちにマカを食することを禁じた、という言い伝えも残っています。 16世紀に入り、スペイン人がペルーに上陸し、インカ帝国を支配しようと戦いになりました。 スペイン人が内地へと侵攻してアンデス高地に近付くにつれ、栄養状態の良い子供や、体格の良い大人、さらにはよく成長した家畜に遭遇するようになり、そのわけを調べたところ、マカに行き着いたということです。 マカを食すアンデス高地の人、そしてマカを食す家畜は頑健だったという話です。 また、スペイン人のインカ帝国侵攻には、馬が不可欠でしたが、スペインから連れてこられた馬の多くは、これまでに経験したことのない高地の厳しい環境に適応できず、子孫を残すことなく死んでいったそうです。 そこで、スペイン人は地元民に伝えられているマカに着目し、馬に食べさせたところ活力を取り戻し、馬は盛んに繁殖するようになり、それによりスペイン軍はインカ帝国を侵攻してインカ帝国を征服した、と現地では言い伝えられています。 スペインの征服期間中は、この繁殖力を利用し、マカを家畜の再生産に使ったとも伝えられています。 こうしてマカの滋養はスペイン人にも珍重されるようになり、スペイン王室への租税として、植民地ペルーから納められるようになりました。 |
![]() マチュピチュ |
![]() リャマたち |
|
![]() スペインのピサロ銅像 |